禅の言葉に、「照顧脚下(しょうこきゃっか)」というものがあります。
「履物を揃えなさい」「自分の足元をよく見なさい」といった、身近なところを疎かにしない教えとして知られています。
私も親から散々言われました。笑笑
靴を揃えて家に入る。こういうところが大事だよと。でも一向に治りませんでしたが、、、
人によってはこれを、「高望みをせず、まずは目の前のことを着実に」と解釈するかもしれません。
けれど、私は少し違う考えを持っています。
まず夢はむちゃくちゃ大きく考える!
理想論を掲げる!です。
なぜ、夢を大きく持たなければならないのか。
そもそも大きく掲げるのって怖いんですよ。
叶いそうもないし、、叶わなかったらバカにされそうだし、、そもそも人に言ったら笑われそうですよね。私は何度も笑われてきました。笑笑
無視です。笑
でもこれにはきちんとした論理的考えがあります。
それは単なるポジティブ思考ではなく、「脳の盲点(スコトーマ)を外す」ために不可欠だからです。
例えば、時給1,000円で働いている人が、月収をあと5万円増やしたいと考えたとします。
すると脳は「今の職場で、もっとシフトを増やして倍働こう」という答えを出します。これは現状の延長線上にある発想です。
しかし、もし「月収を100万円にしたい」と願ったらどうなりますか?
今の職場でどれだけ頑張っても、物理的に不可能であることに気づくはずです。
(まず今の延長線上で叶いそうな夢は省いてください)
その瞬間に初めて、「月100万稼いでいる人は、どこで何をしているんだろう?」と、今まで自分の世界には存在していなかった領域に目が向くようになります。
本来、その世界は前からそこにあったもの。
だけど「自分には関係ない」と思った瞬間に、脳はそれを情報のゴミとして排除し、あなたの世界から消し去ってしまうんです。
あの人だからできた、、、
あの人は親が金持ちだから、、、
学歴高いから、、、
大きな会社だから、、、
そうやって、私には関係ないと思った瞬間、その世界の情報は遮断されます。
夢を大きく持つことは、世界を広げ、可能性を「再発見」するためにはとても大切なんです。
さて未来を掲げたら未来から逆算して、今の「足元」を定義する
ここで「照顧脚下」に立ち戻ります。
大きな夢を描き、視界が開けた状態で改めて自分の足元を見てみてください。
すると、今までとは全く違う景色が見えてくるはず。
「世界中で愛されるブランドになる」
最初掲げた縁起屋dotuのブランド。
もちろん最初は1個のミラネコをお迎え頂いた海外の方から始まりました。
最初は1個です。自宅のダイニングの机の上での製作から始まるわけです。
でもその後少しずつお迎えくださる方も増えてきて、、、ジャパンエキスポのお誘いが。
すると大きく掲げてた
『世界中で愛される、、、』という原点から、
よし!行こう!となるわけです。
最初の1個作っているうちはもちろん『世界中で愛される、、、』はビッグマウスなぐらいイメージも湧いていないんです。だってまだ一つも売れてない状態なので笑笑
さてここで話を戻します。
その未来を確信した視点で見れば、今目の前にある一筆、一回の投稿、一通のメールが、単なる作業ではなく「世界へ繋がる重要な一歩」に変わります。
だから英語で書くこともあります。
反対に、夢がないまま足元だけを見ていれば、知らぬ間にゴールとは全く違う方向へ歩き続けてしまうかもしれません。世界といいつつずっと日本語発信とか、、、
私にとっての「照顧脚下」とは、大きな未来を描いた上で、「今の自分は、その未来にふさわしい歩みをしているか?」と自らに問うことです。
* 世界へ羽ばたくブランドとして、このクオリティで妥協していないか?
* 世界と言いながら日本語だけで書いてない?
などなど、、、
だって日本人しか見てないから、、、と思いかねませんが、、、
でも英語で書かないから日本の方しか見てくれないという理由もあるんです。
遠くを見るからこそ、足元の一歩に圧倒的な意味が宿る。
今日も私は、大きな夢を掲げながら、MIRANEKO®に一筆入魂の想いを込めていきます。
あなたの夢もあなた自身がちょっと言い過ぎじゃない??と思えるくらい大きくしてみるといいと思います。
